『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、アイルランド人の父と日本人の母を持つ「ぼく」の、イギリスでの中学校生活を描いたエッセイです。
著者はブレイディみかこさんで、母から見た視点で語られます。
貧困家庭の子や移民の子とのエピソード、私立中学校との格差など、多様性やアイデンティティ、人種差別を考えさせられる本です。
★ 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 の感想まとめ★
・『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の意味
・多様性はなぜ必要なのか
・アイデンティティと共感
この記事では 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 のあらすじと感想を紹介します。
目次
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』のあらすじ
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は日本人の母(著者)目線で語られる、息子「ぼく」の中学校1年半の物語です。
「ぼく」はカトリック教徒が通う評判の良い小学校に通っていましたが、そのまま中学校に進学するのではなく、地元の公立中学校に進学します(英国の中学校は、11歳から16歳までの5年間)。その中学校は数年前まで格付けが最下位付近だった元底辺中学校で、9割以上が白人生徒です。
感情を正確に伝えるために演劇が取り入れられている、ライフスキル教育という市民教育がある、理由なく学校を休むと親が罰金を払わなければならない等、初めて知ることも多くありました。
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の意味
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』というタイトルは「ぼく」の走り書きからつけられています。
青い色のペンで、ノートの端に小さく体をすぼめて息を潜めているような筆跡だった。
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー。
胸の奥で何かがことりと音を立てて倒れたような気がした。
何かこんなことを書きたくなるような経験をしたのだろうか。
イエロー=東洋人で、ホワイト=イギリス育ちで、ブルーな気分だったのでしょうか。
しかし、この本の最終章では次のような会話があります。
「あの頃は、これから新しい学校で何があるんだろうなって不安だったし、レイシズムみたいなことも経験してちょっと陰気な気持ちになってたけど、もうそんなことないもん」
「もうブルーじゃなくなったのか」
「今はどっちかっていうと、グリーン」
”未熟”や”経験が足りない”という意味で、グリーンと表現したそうです。
イエローでホワイトな子どもがブルーである必要なんかない。色があるとすれば、それはまだ人間としてグリーンであるという、人種も階級も性的指向も関係なく、息子にもティムにもダニエルにもオリバーにもバンドのメンバーたちにも共通の未熟なティーンの色があるだけなのだ。
多様性はなぜ必要なのか
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の登場人物はノンフィクションと思えないくらい多様性に富んでいます。
著者はアイルランド人のご主人と結婚し、イギリスで保育士をしていました。アイルランド人のご主人は元銀行マンで今は大型ダンプの運転手。「ぼく」は日本人とアイルランド人の両親を持ち、イギリス生まれで日本語は話せません。
学校の生徒も、イギリス人が大半ですが貧困家庭の子もいればハンガリーの移民、中国人の生徒会長など多種多様です。
多様性について親子で次のような会話が交わされます。
「でも多様性っていいことなんでしょ?学校でそう教わったけど?」
「うん」
「じゃあどうして多様性があるとややこしくなるの」
「多様性ってやつは物事をややこしくするし、ケンカや衝突が絶えないし、そりゃないほうが楽よ」
「楽じゃないものが、どうしていいの?」
「楽ばっかりしていると、無知になるから」
とわたしが答えると、「また無知の問題か」と息子が言った。
多様性は道徳的に大切だ、というときれいごとに聞こえますが、めんどくさいけど無知のままよりはあったほうがいい、というのが生々しい現実に感じました。
しかも、多様性がある社会というのは地雷だらけで、気を付けていても相手に誤解されてしまうことがあります。
アフリカの女子転校生が来た際、「夏休みにアフリカに帰って女性割礼を受けさせられるのでは」という噂が流れたというエピソードがありました。女性割礼はイギリスでは児童虐待とされていますが、アフリカでは一部風習として残っているコミュニティもあるそうです。
その女生徒の母親と会話した際、著者は地雷を踏んでしまいました。
ホリデイ、米語でいえばすなわちバケーションのことだが、夏のこの時期に人と話をするときには「どこかホリデイに出かけるの?」というのは社交辞令のようなものなので、何も考えずにそう口にしたのだった。
ぴた、とターバンの母親の手が止まって、ぎゅっと強張った表情の顔を上げた。
「アフリカには帰らないから、安心しな」
刺すような目つきだった。
直前まで和やかに会話していたのに、急にサッと空気が変わります。日本人同士でも、相手の大切にしている価値観を無自覚に傷つけてしまうことがありますよね。そのリスクが、多様性が豊かな社会では想像以上に大きいのでしょう。
かといって謝るのも変だし、どちらが悪いわけでもない。1つ勉強になったと割り切って前に進むしかない、それも柔軟さやしなやかさなのかなと思いました。
アイデンティティと共感
人種差別はなぜ起きるのか?についても考えさせられるエピソードがたくさん載っています。
ある日、ハンガリー人の生徒がイギリス人の生徒を「貧乏人」とバカにし、バカにされた生徒は東欧人の蔑称で応戦しました。そのとき、蔑称を使ったイギリス人の生徒のほうが重く罰せられ、そのことに「ぼく」は憤っています。
人種でバカにするのも悪いけど貧乏をバカにするのも悪い。日本でも、人種や性別などで差別するのは悪いことだという認識は強いですが、貧乏については自己責任論も根強いと感じます。
分断とは、そのどれか一つを他者の身にまとわせ、自分のほうが上にいるのだと思えるアイデンティティを選んで身にまとうときに起こるものなのかもしれない、と思った。
どのアイデンティティから語るのか、わたしたちは恣意的に選ぶことができます。
人種、性別、収入、所属している組織など、その時々で自分が有利に立てるアイデンティティを選んで相手を「自分とは違う」と扱っていたら、分断は進んで人種差別につながるのかもしれません。
反対に、自分と相手と共感できる部分を探して理解しようと努力すれば、分断は避けられる気もしました。
自分とは違う他者を理解するためには共感が必要です。共感にはシンパシーとエンパシーがあります。
シンパシー:かわいそうな立場、自分と似た意見を持っている人に抱く感情
エンパシー:自分と違う立場の日千雄が何を考えているのだろうと想像する能力
シンパシーは自然と湧いてくる感情ですが、エンパシーは能力なので積極的に発揮することができます。エンパシーを発揮しようと思えることが善意なのかも、と「ぼく」は考えているようです。
善意はエンパシーと繋がっている気がしたからだ。一見、感情的なシンパシーのほうが関係がありそうな気がするが、同じ意見の人々や、似た境遇の人々に共感するときに善意は必要ない。
他人の靴を履いてみる努力を人間にさせるもの。そのひとふんばりをさせる原動力、それこそが善意、いや善意に近い何かではないのかな、と考えていると息子が言った。
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 の次に読むなら?
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』 とあわせて読みたい3冊を紹介します。
①『差別の哲学入門』
哲学的に考えるとは、まず差別を定義して明確にし、その前提になっていることを問い直すような態度のことです。
差別とはどういうものか?/差別はなぜ悪いのか?/差別はなぜなくならないのか?という3つの問いを立て、実際の事例や思考実験をしながら差別の正体を明らかにしていきます。
一緒に考える授業を受けているようで、とても読みやすいのに気づきが多い本でした。
参考記事:『差別の哲学入門』の要約まとめ:差別とはどういうものでなぜ悪いのか
②『共感という病』
共感したい人だけにスポットライトを当てることで他の人を排除してしまう、共感を利用したマーケティングで共感疲労をしてしまう等、”共感にどこか感じていた違和感”が言語化されています。
著者はNPO法人でテロリストの社会復帰や更生を支援している方。
ソマリアなど、自分が知らない紛争地域でのエピソードを知ることができます。
参考記事:『共感という病』の要約:共感されない人をどうやって助けるか?【惻隠の情と社会規範】
③『多様性の科学』
多様性がある環境をポジティブに活用すれば、新しい視点がもたらされて今まで思いつかなかったアイディアが生まれやすくなります。
多様性は差別の原因となる場合もありますが、ポジティブに活用することもできます。
たとえば、見ている視点や世界が違えばカバーできる範囲が広くなり、集合知としては大きくなるのです。
違いを差別の要因にするのではなく、価値に変えていけるという希望が持てる本です。
参考記事:『多様性の科学』の要約と感想:多様性がなぜ必要なのか?がわかる本
★今回紹介した本★
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